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bad end syndrome 1

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生きた人間の気持ちなんて不死身の人間には分からねえよ。
男が女の気持ちがわかんねーのと一緒だ。


Bad end syndrome


寒さに身震いをすると、大分厚着をしていた彼は僕にコートを羽織らせてくれた。あったかいなあ、とニヤけていたら、彼もブランコに腰掛け、そしてその薄い唇から言葉を紡ぎ始めた。


***

「おい、イチ。お前、唇切れてるぞ。」
と誰かがイチを指差した。イチはひどく落ち着いた様子で血を指で拭い、また舐めた。
「あー、なんか最近噛んじゃうんだよね…。」
「やめとけよー。裂けるとめちゃめちゃ痛いからさ。」
なんだか体もだるいし、早退してしまおう。思い立ったらさっさと実行するのがいい。イチの持論だ。
できるだけ早足で家に向かう。早退の連絡をすることはすっかり忘れていたので、帰宅してから電話でその旨を伝えることにした。

イチには家族がいない。父親とは去年まで一緒に暮らしていたのだが、突然に姿を消してしまった。その父親からも家族については語られたことがなく、雰囲気からかイチからもなんだか聞き出せずにいたのだ。

――その無人の家でイチは約一年暮らしている。不便は感じていたが、もとより忙しい父親に代わって自身が家事をこなしてきていたし、面倒を見なければならない兄弟もいないので比較的穏やかな日々を過ごしていた。
弱い人間にこの社会は優しい。友人はイチを労わり、勿論そうとは思わせないように気を使いながら接してきた。近所の人たちも何かと経済的な面を含め、支えてくれた。
お陰で彼はぐれたりしなかったし、むしろ性格は温厚で親しみやすかった。

そんなイチは、普通の高校生男子である。変わった性癖があるわけでもない彼に、今彼に起きている衝動は本来あるはずがないものだった。

(…血が、欲しい。)

その結果今のような唇を噛む行為に及んでいるのだが、彼の友人たちの知るところではない。
幸い次の日にはその衝動も収まり、以後高校三年間、同じようなことは起こらなかった。


***

「全く持って不可思議で奇妙でありえない話だろう?まあ僕はただの人間だったんだろうし、怖くて病院にかかったりもしなかったからね…真実は闇の中、さ。」
話を終えた男――壱さんは煙草の灰を落として僕に顔を向ける。表情は依然として変わらないが、心なしかくすりと微笑んだように思えた。壱さんは、今言うのも場違いと思うが、はっとするほどの美人だ。女性に見えるとかそういうのは全然なくて、そう、畏怖してしまうぐらいに顔が整っている、とでも言えばいいのだろうか。しかし日本人らしい顔つきは保っていて、今まで僕の周りにいなかったタイプであることは確かだ。

「信じていいんですか?」
「いや、ただ聞いてくれるだけでよかったから…。」
「?」
「まあ気にしないで。そろそろ学校行かなくちゃ。世界史概説Ⅱっていうのを取っててね、代弁使えない教授だからさ。君は学校休みかい?平日だけど。」
「ズル休みだったら怒りますか?」
困ったように顎に手を添える壱さん。ううむ、カッコいい人にはカッコいい仕草、これこの世の真理かな…。

「さっきも話した通り、僕自身真面目なガキじゃなかったから何も言えないな。」
「そうですか…じゃあ、さよならですね。」
「うん、またね。多分近いうちにまたすぐ会える。」
「壱さんがそう言うなら会うんでしょうね(というか壱さんからわざわざ会いに来てくれるんでしょうけど)。学校行ってらっしゃいです。」
壱さんは後ろを向いて、手を振りつつ公園出口の階段を下りて行った。すらっとした長身細身の壱さんは、奇抜というかなんとも強烈な登場シーンを演出してくれた出会い頭とは打って変わって颯爽と去っていった。さっきの話が本当だったのかわからないけれど、壱さんは悪い嘘を吐く性質じゃあなさそうだったし、騙されて…なんてことはないだろう。

五分ほど考えて僕も学校に行くことにした。別に壱さんに絆されてとかじゃないけど。まあ久しぶりに行ってみるのもいいんじゃないだろうか。と呟きつつ、ブランコからジャンプして飛び降りばっちり着地を決める。
あ、一応言っておくが僕が学校に行かないのは別に虐められているからとかではない。断じて。僕の男のプライドにかけて言っておく。僕は決して虐められるタチではなくて、どちらかというと虐めっ子(自称)なのだ。

さて、ごたくはこれくらいにして真面目に授業を受けに行くことにしようか(ってこれ二度目だ)。僕は壱さんみたいな不真面目な不良少年ではないので、学校には行っていなくても勉強は怠っていない。授業に遅れをとるなんてことはないはずだ。

…例え分からなくても、先生(新任。二十代半ばの男性)に涙目で訴えかければ大体なんとかなる、と思う。


***

我等が県立君島高等学校は、平地に腰を据えた割と綺麗な学校である。綺麗な、というのは外壁と大体の内部であって、今はあまり使われていない特3教室やよごれることが前提みたいな美術室は耐震工事が為されているのみである。まあ表向きは新築!みたいな感じで売り出されて(?)いるので、近年の入学希望生徒数が数人ずつぐらいの割合で増えている人気校だ。
現に僕らの学年は6クラスだが、僕らの一つ下の学年は7クラスあるのである。先輩の顔を覚えるのに数ヶ月かかったのに、後輩まで覚えるとなるともうこれは学業か苦行かというほうが正しいと思う。
しかも今月は僕のもうすでにパンパンになった学年名簿(学校に行かないので使われることは滅多なことではない)に一人追加されると聞く。
つまり、俗に言う「転入生」君だ。ついでに言うと男らしい。普通はここで、女の子ではないことを悲しむべきなのかもしれないが、この学校なんせ男が割合的にとても少ないので、気の合う友人もできにくく、男が来たほうが喜ばれるのだった。そんな大袈裟なこと言わんでも…と言いたいところだがこの学校の男女比を聞けば理解していただけるだろう(ちなみにうちの学年は各クラス四十人編成だ)。

二百対四十。

ハーレム?とんでもない。男なんてここではただのパシリかそれ以下だ。
イケメンが良い目を見る?そんなまさか。イケメン男を辱めたがる女子の怖いこと怖いこと。
僕はイケメンじゃなくてよかったと本気で思える。彼らを見ているといい気味だなんて間違えてもいえない。同情しっぱなしである。怖いので救ってあげられないのが心を痛める。ごめんね☆と言うのが精一杯だ…すまない、頼りない級友で(僕だって名誉とかプライドとか惜しいし)。
というわけで、1クラスに男は七人いるかいないか。幸いうちのクラスは男が六人。七人のクラスは二組になって何かすることになると一人あぶれることになるので、それはもう気軽に修羅場を体験できる。来年も六人のクラスだといいのだけれど。

ちょっとまて、男がくるということは修羅場になる可能性が飛躍的に上がるということではないだろうか。
うわあ…最悪。せいぜい僕に害が及ばないようイケメン君であることを祈ろう。

そういえば。僕の名前を教えてなかった。
僕は君島高校二年E組十番扉井涼辞。成績は上々。顔は悪くないと思うけど、良いって言われたこともないので分からない。学校でのあだ名はりょーちゃんとかなんとか(例によって女子たちによる名付けである)。
今の説明で分かる通り、まあまあ普通にいい子をしている。家族構成は、ここだけ壱さんと同じで両親なし。でも大学一年の兄が一人いる。昔父さんが事故って、両親と四歳上の姉とは死別。兄は奇跡的に生き残った。
僕はどうだったかよく覚えていないけれど、事故当時はその場になかったらしい。

僕についてはさておき、現在僕は教室の前の廊下にいる。思いついたまま学校に来たけれど、今日は午前授業で部活動が禁止になっていたらしく、校内はどこもがらんとしている。家に戻ろうかとも考えた。しかし

(このシチュエーション、もしかしたら転校生と突然出会っちゃった!的なハプニングを期待できるのでは!)

という馬鹿らしい思いつきをしてクラスへと足を延ばしたのだ。
そうしたら、なんてことだろうか。ドアの覗き窓からまさかのカッコよさげな金髪少年が見えるではないか。さすがに大人の壱さんほどではないが長身で、肩は結構がっちり、理想の男像だ。金髪もさほど痛んでいないようでさらさらしているのがここからでも分かる。頂点からひょいと出ているアホ毛が愛らしさを醸し出すのに一役買っているようだ。女の子に感想を聞いたら『この男に抱かれたい!』と返ってくる、と言っても強ち嘘にならなさそうである。
くっ…なんかわざわざ説明したら、めちゃくちゃ格好いいやつだって気づかされて入り辛くなったかも…。そんな思考に辿り着いて、しばらく視線を外していたら、いつの間にかその内から少年が消えている。焦って中を覗き込むために振り返るとそこには、転校生。

「うわっ」
驚きの声を上げると、彼は意地悪そうににやあと笑った。それでも顔が崩れないってどういうことだよ。

「や、少年。初めまして転校生です。このクラスの人かな?以後お見知りおきを!」
「ひっ」
勝手に手を取られ、所謂英国紳士的な挨拶をされそうになった。よく分からない寒気を感じ、身を翻して教室へ逃げ込む。

「なんで逃げんの?別に悪いこたしないよ。」
彼は机に乗せた手に寄りかかりつつ、こっちを見た。

「…。」
避難経路であるもう片方の扉に手を掛ける、が扉はガタガタ軋む音を立てるだけでびくともしない。つまり鍵が掛かっている。

「あー、ごめん。俺、今先生に鍵借りてんだ。あんたこーしなきゃ逃げちゃうみたいだし、ていうかホントになんで逃げるの?別に俺怖いお兄さんタイプでもなくない?」
「そっそれは、なんかお前が変にゃことすっから…。」
ガチガチになった僕はしどろもどろに答えるけれど、噛み噛みで
恥ずかしいことこの上ない。

「ひはは…いいね、イイ反応!面白いじゃん。なんていうの?」
「へ?名前?」
「そう、名前。」
「扉井涼辞…。」
「なんて字?りょうは良いの良?」
「涼しいの涼。」
「じゃあ君のこと、オレはすずしーと呼ぼう。よし、イイじゃん!」
一人納得した様子でくるりと一回転してこちらに向き直る。「えー、こほん。」彼はほとんど言葉で席をして自己紹介を始めた。

「はい、注目!明日からここ、県立君島高校に転入します、神木奎介です。これからどうぞよろしく、すずしー。」
そう言って彼は右手を差し出した。僕に握手を求めているらしい。その右手にどんな意味があるのか、想像もしなかった僕は、簡単にやつの手を握ってしまったのだった。


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